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桜ラ辿ル

序章

私は⽬覚めると病院のベッドの上にいた。
ここがどこだか、なぜここにいるのか、全く思い出せない。
それどころか、⾃分が⼀体何者なのかさえわからない。
看護⼠に尋ねてみても、町外れのとある庭園で倒れていたところを運ばれてきたことしかわからない。
携帯電話も、財布も、⾝元を証明できるものは何も⾝につけていなかったという。
警察の調べでは、私は駅前からタクシーを使い、その庭園を訪れたのだそうだ。
病院に運ばれてから2週間が過ぎていたが、私を知る⼈は誰も現れない。
状況から察するに、どうやらあてのない⼀⼈旅をしていたのだろうか。
しかし、なぜこの町へ来たのか、なぜその庭園を訪れたのか、全く記憶がなかった。
私は、どうにか記憶を取り戻そうと、もう⼀度、いや、今の私にとっては初めて、その庭園を訪れることにした。
記憶を辿る⼿がかりは、うわごとで幾度となくつぶやいていたという「さくら」という⾔葉と、
倒れた私が唯⼀持っていたデジタルカメラだけである。
なぞときを始める